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”わからなさを受け容れること” (Tolerance of Uncertainty)

まったくできているわけではありませんが、私がもっとも大事にしていることのひとつが、

”わからなさを受け容れること”

英語では、Tolerance of Uncertaintyと言います。直訳すると「不確かさへの忍耐」となりますが、私はちょっと意訳してこう表現しています。

 

この考え方を、はじめて学んだのが、2013年夏にスコットランドのフィンドホーン(伝説のエコビレッジ)で行われたNVC(Non-Violent Communication )のワークショップでした。

ヨーロッパ、南・北アメリカ、アフリカ、アジアの世界16ケ国からNVCを学ぶ45人が参加し、Kit Miller(アメリカ)とDominic Baker(ブラジル)の2人のファシリテーターのもと、共通言語としての英語を使って7日間連続で行われました。

 

びっくりしたのは始まりから一貫して「構造」を持たないプログラムおよびファシリテートでした。

そして、参加者たち個々人の激しい感情が現われたり、それがぶつかりあったり、お互いのつながりへの強い欲求が出たりしました。

言葉の問題もあり、私自身はそのような流れに圧倒され、必死に食らいついていこうと努力しましたが、図らずも自分自身の弱さや日本人としての特性に気づかされることになりました。

 

ファシリテーターの口から明確に語られたわけではありません(そもそもプレゼン資料やテキストがまったくないので・・・笑)が、

帰国してから、冷めやらぬ熱量のまま、私なりに全体のプロセスから感じ取ったことを図にしてみたのがこれです。

 

 

ファシリテーターのDominicは、たしかNonviolence is tolerance of “Uncertainty”と言いました。

Nonviolenceは、もともとはガンジーが提唱したことに起源を持ちます。これを「非暴力」と訳してしまうと本質がうまくとらえられない気がします。

この概念の背景には、この世には自存するものは何もなく、存在はすべてその関係する他者との依存関係によってなるということがあります。

そんな状況下で、世界は常にゆらいでいるとも言えるでしょう。

不安定で、確実なものが何もない。そこで人はつい安定しよう、確かなものを見つけようとして、何かコトを起こそうとするのですが、それは自分にとっても、他者にとってもviolenceになり得るということを認識することから始めようということでしょうか。

 

わからなさを受け容れ、そこに立ち上がってくる感覚にしたがっていると、いろいろステキなことも起きます。

フィンドホーンのワークショップ体験で、何かがひらかれた感覚がありましたが、それが何なのかしばらくわかりませんでした。

でも、この場で出会ったヒデさん(榎本英剛)から藤野の話を聴いたのがきっかけで、私たちはその年の暮れにはもう世田谷から藤野に移住してしまってた(笑)。

藤野には私たちが夢に見ていたすべてがありました。

 

 

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